眼鏡を外してみると?

天邪鬼

皆さん、こんばんは!

今シーズン初の積雪が思いのほか、大雪で、
関越道では、約1000台16kmにもおよぶ車や
トラックの立ち往生が発生している模様です。
2年前に福井の国道で同様の立ち往生が発生
した時、ここ富山でも住宅地から幹線道路に
出るまで半日かかって午後から出社、という
ことがありました。

関越道、雪で1000台立ち往生 最強の寒気、上信越道は200台
 今季最強の寒気が上空に流れ込んだ影響で、日本海側を中心に大雪となり、新潟、群馬県境の関越自動車道では16日夜から交通障害が起こり、17日午前の時点で約千台の車が立ち往生した。東日本高速道路によると ...

テレワークが急速に進むなかでは、
こういった気象による影響も最小限にできる
状況になってきたのは、コロナ禍の(少ない)
良い一面でもありますね。いずれにしても、
今現在、立ち往生中の車列にいる皆さんが
心配です。

さて、
今日のタイトル「眼鏡を外してみると?
ですが、自分の眼鏡をかけて物事をみて
しまっていないか?ということについて
書いてみます。

私の実生活では視力がどんどん低下し、
車の運転時だけでなく、眼鏡がないと
支障を来しつつありますが、ここでいう
「眼鏡」とは、物の見方・考え方を
例えたもの
です。

最近「7つの習慣」を折に触れて読んでいるので、
尚更かもしれませんが、つい自分の持つモノサシ
で相手をコントロールしようとする癖が抜けきら
ない自分がいたりして、反省をしています。

例えば、年頃の息子と話すなかで、どうしても
自分の中学生時代や、自分の思い込みだけから
頭ごなしに息子の説明機会を与えなかったり


何か、現場で問題が発生したり、人から尋ねら
れたときに慌ててしまい、短絡的にその場で、
何かアドバイスをして解決を図ろうとしたり

自分の過去の経験に相手の話を重ねて聞いて
しまい、聞いているそばから、経験談をどの
ように結びつけようとしようか考えていたり

(診断士試験で頻繁に指摘されていたように)
問われていることの本質からずれている
自己満足の世界からの助言を行ってみたり


と、自分がかけている眼鏡を誰にでもかけ
させる
ようなこと、診断をせずに処方箋を
出す
ようなこと(いずれも「7つの習慣」より)を
やっている自分の癖があったりします。

相手と同じ視点に立って、物事を見ることは
職業上、これからは益々必要なことになって
きます
し、自分のことを理解してもらうには、
相手の言動を本気で理解しようとする姿勢
(自分の眼鏡を一度外す)が求められる
んだろう
と思います。

だって、処方(判断したことを理解してもらう)
する前に診断(相手の現状を正しく理解する)が
できていない、ということはあり得ない
です
からね。

そのためには、ビジネススキルで良く登場
する「傾聴」が重要なんでしょうけど、
中々出来ないんですよね、頭で分かっていても。
分かると出来るは違う、の典型例です。

そして、そのこと自体に気づくことができた、
というのは収穫ですね。改めて、習慣になるよう
主体的行動を実践しようと思った今日は本当に
良い1日となりました。

https://1.bp.blogspot.com/-4bgWpFWOla8/W-0g9Mtf1GI/AAAAAAABQOA/YQcj9BrxPPA9upzGM48m1oVUC_zI5pErgCLcBGAs/s800/megane_sagasu_man.png
あれ?どこいったかな?

それでは、また。




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